単騎独考

切れるカミソリではなく、切れなくてもナタでありたい。

ヒーローはネパール人(1)

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丹波の夏の雲

その日、立三はいつになくサングラスをかけていた。

「ええやろ」

「はい」

こういう時、そう答えなければ立三は必ず不機嫌になるので、イワシ男はそう答えた。

「今日な、帰りに9号線沿、亀岡あたりでインドカレー屋に寄ったんや」

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「あ、前にも立ち寄った言ってましたね」

「そうそう、その店に行って、インド料理屋の秘密を教えてもらったんや」

 

関西のインド料理屋さんのほとんどは今はネパール人の経営らしい。競争がなく単価が高かった頃はインド人がやっていたが、価格競争が始まると日本を脱出を始めたらしい。価格競争を仕掛けたのか、低価格でも頑張ったからかはわからないが、今、関西、大阪、京都、滋賀のインド料理屋はネパール人の独占で総計80店はあるのである。この80店舗はファミリーの独占で、その店の見分け方は「タージマハールなんちゃら」「何ちゃらタージマハール」というのはみんなファミリーなのだそうだ。

 

ネパール人はファミリーで助け合って店を拡大している。おじさんが日本に来て店を開き繁盛させると、親戚の若者を呼び寄せ、キッチンで働せ、日本語を教え込む。5年ぐらいすると店を任せ、希望すれば店を購入してオーナーになることもできる。

 

店舗数が増えると材料の卸売も始める。

 

「昔ながらの暖簾分けやな」と立三は呟いた。

 

「それでな、そこまで話聞いてたら、ネパール人のオーナーが『あっ』て叫びよるんや」

 

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「80歳ぐらいの爺さんがフラフラと倒れて顔面を地面にぶつけて血まみれになったんや」

 

「『それで俺はネパール人に119 で救急車!』と叫んで助けに向かったんや」

 

「介抱してたら、どうなったと思う?」

 

「いえ、わかりません」 

 

こういう時は何も言わないのが一番とイワシ男は心得ていた。

 

「通りすがりの人は、『大丈夫ですか?』と声をかけてくれるんやけどな、どうも俺がぶん殴ったとでも思ってるような目つきなんや」

 

イワシ男は思わず、笑いが込み上げ、それを懸命に堪えたつもりだったが、遅かった。

 

「お前、何が面白いんや、こっちは命を大真面目に助けてるんやぞ」

 

しかし、老人は倒れ、顔面を痛打し、出血しているが、交通事故らしい痕跡はどこにもない、サングラスをかけた体格の良い、言ってしまえば怪しい風体の立三がそばにいるのだから、立三がぶん殴ったと理解する人がいても責められない。

 

「その視線に耐えていたら、救急車が来た、それで一件落着や」

「こんな暑い最中に人助けして悪く思われる、最悪の日や」

「本当ですね」

イワシ男は同情した。

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「でもな、店を出る時、日本語のできるネパール人に『救急車呼ぶのはじめてやろ?』て言うたら頷きよった。救急車、呼ぶ時、一瞬、躊躇しよっったんや、俺は気づいていた」

 

「日本語で説明できる自信がなかったんとちゃうぞ、異邦人がよその国で警察や救急車呼んで、間違ってなんかあったら、酷い目にあうこともある、あの爺さんをぶん殴ったんがそのネパール人やという話がどうねつ造されるかもしれんやろ、外国で生きるとはそういうことなんや」

 

なるほど、そんなものかとイワシ男は思った。

 

「で、こんな時、どうせなあかんかわかるか?、連絡先を渡し、『何か問題があれば連絡をください』と言うんやで、わかるか?」

 

イワシ男は返事をせずに立三が名刺を渡したのか尋ねようとしたら、立三は続けた。

 

「あのネパール人、学校に行かんと独学で日本語勉強したと言うてた、入り口に日本語の辞書があった、偉いな、今日のヒーローはあのネパール人や」

 

 

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さかはらあつし