単騎独考

切れるカミソリではなく、切れなくてもナタでありたい。

死刑について

死刑については制度として社会になくて済むならない方が良い。

 

当たり前のことだが、そもそも死刑にしないといけないような人がいないのが一番いい。

 

しかし、「死刑という制度がある社会」で、他の事件で死刑になる人がいる中で、オウムの松本智津夫、その実行犯十二人が死刑になるのは整合性という意味でやむおえない、当然だと思う。

 

これが左脳で考える論理の世界。

 

私は背景が特殊だから一般化はし難いだろうが、右脳の感情と直感としてはスッと何かが片付いていく気がするというのもまた真実である。

 

さかはらは野蛮である、近代的でないと言われれば、「そうかもしれない」と否定するつもりもない。