単騎独考

切れるカミソリではなく、切れなくてもナタでありたい。

ポジショントークと映画作り

私はドキュメンタリー映画の再編集をし完成に向かっている。

 

ファーストカットは荒木浩が主人公だった。

 

作劇の技術は「観客を主人公に共感させろ、そして、感情をうねらせろ、その中で真実を伝えろ」と教える。

 

私は荒木浩、そして、オウム真理教に共感させる映画作りは社会のためにならないと思った。

 

そのカメラの構え方だと、荒木浩というビークルに観客を乗せ、葛藤させ、社会を批判する映画にしかならないからだ。

 

オウム真理教は本当にマインドコントロールで人間を破壊してしまうのにそんなことはできない。

 

私は被害者だ。

 

被害者の意見は重い、責任がある。

 

だから、不肖、さかはらあつし、自分自身をさらけ出し、己を主人公にしているのだ。

 

私がポジショントークの好きな左翼であれば、そうでいられるのであれば良かったが、

私にはそれが許されなかった。

 

遅れていますが、もう少しです。

 

頑張ります。