単騎独考

切れるカミソリではなく、切れなくてもナタでありたい。

責任

世の中の人権派の知識人はオウムの一連の事件に関して性善説で語りますね。性善説で語りたい理由があるのもわかります。しかし、毎日、毎日、傍聴する。全ての事件の詳細、どう人を殺したのかという陰惨な情報を逃げ場なく二ヶ月、シャワーのように浴びるのです。毎朝、2ヶ月、裁判所に行くと、家族を殺された方々、VXガスをかけられた方に、「おはようございます」と挨拶をするのです。返事をしてくださる方もいますし、私の存在を丸ごと否定するかのような人もいます。どうして、そこに私がいるかと言えば、映画の中で伝えるべき真実は何か、私は責任をとっていかなければならないからです。そういう映画を作っています。なかなか苦しい作業です。こういうプロセスはドキュメンタリーには織り込めませんので、折を見て文章にしたいと思います。ポストプロダクションで起こったことも含めて。

 

ドキュメンタリー制作の経緯を書きます。

このドキュメンタリーの制作過程についてはそのうちまとめ小説か手記として発表したいと思います。

 

映画の完成後でしょうか。公開のタイミングでしょうか。

  

雑誌にはオファーを受けたこともありましたが、見送っていました。

  

私は不完全ですし、全ての批判は受ける覚悟あります。

 

それをさらけ出すのが作家の仕事だと思います。

地下鉄テロ

今日、ロンドンで地下鉄テロが起こりました。

 

狂信者によるものだと言われています。

 

狂信者も同じ人間だと言うのはやさしい。そもそも同じ人間だからです。

 

しかし、カルトにかかると精神が破壊されてしまのですね。

 

その一つが、ハルマゲドン。

 

二つ目が、輪廻転生。

 

三つ目が、今生が来世、未来永劫に影響するという考え方です。

 

三つ目がカルトの教えを客観視し、離れていくことを妨げることになります。今離れると未来永劫ひどい目にあうぞ、と言うからですね。

 

この三つが重なると、カルトから抜け出せなくなり、テロに対して、Ready to goになってしまうのではないかと思います。

 

では、こういうものに対して私たちはどうしたらいいのか、難しい問題です。

 

 

 

配給会社からの謝罪

もうしばらく前になるが、8割ぐらい出来上がったセカンドカットの出来上がりの状況を関係者から聞いて、「一年、遠回りさせていました」との謝罪のメールが責任をとって退場をお願いした制作協力・配給会社から届いた。

 

一通のメールでこの遅延をどうすることもできない。

 

私は逃げることもできないので、何とか仕上げたいと思います。

無理に映画を作ろうと思わない。

私は無理に映画を作ろうとは思わない。 

 

適性

残念ながら人間には適性がある。

 

私は裁判員制度裁判員にはならないし、なってはいけない。

 

大切な良識だと思う。

 

 

 

 

森達也と私は何が違うのか?

森達也は映画監督である。

 

私も映画監督だが、私は被害者である。

 

地下鉄サリン事件に関する映画を撮れば、それは地下鉄サリン事件被害者の意見とし大きく社会に影響する。

 

それが歴史になる。

 

その責任を取らなければならない。